Bahrain王国 BHR/BH
Kingdom of Bahrain
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マナーマ[MANAMA]
778万Km2
156.万人
ペルシャ湾の西位置している島国。海を挟んで西側にサウジアラビアがあり、橋で繋がっている。海を隔てた南東にはカタールが位置している。首都のある島はバーレーン島で、その他30以上の島々で構成されている。
マナーマ(16.9度/1月・34.5度/7月・26.6度/年平均)
全土が砂漠気候。ただし海に囲まれているため湿度は高く、濃霧も発生する。6月~9月は昼間42度前後、夜間22度前後。たまに激しい雷雨も発生する。
古代バビロニア、アッシリアの時代から貿易の中継地として栄え、紀元前3世紀~15世紀までは真珠の産地として繁栄していた。
16世紀以降、ポルトガル・ペルシアに支配された。
1782年
アラビア半島から移住したハリーファ家が支配体制を築く。
1880年
イギリスの保護国になる。
1932年
ペルシャ湾岸で初の石油生産を開始する。
1971年
独立する。
1975年
国民議会が停止され、首長による独裁政治が続いた。
245人(長期:236 永住:9)
アラビア語(公用語)・英語
バーレーン人(アラブ系62.4%・インド系・パキスタン系)
イスラム教82.4%(シーア派58・スンナ派24)・キリスト教10.5・ヒンドゥー教6.3
バーレーン=ディナール
原油埋蔵量に限界があり、産業の多角化を推進している。石油精製・アルミ精錬、中東の金融センターとしての地位も確立している。2006年には、アメリカとの自由貿易協定を発効しており、石油収入の依存脱却と自国民の労働能力の改善に力を入れて、2030年までの所得倍増を掲げている。
外交はサウジアラビアなどの湾岸協力会議諸国との友好関係を維持。アラブ諸国、非同盟諸国との協力が基本。また英米関係も重視。王族のハリーファ家は、イスラム教スンナ派だが、国民の多くがイスラム教シーア派。
1991年
アメリカと防衛協力協定締結。
2001年
民主化を規定した国民行動憲章を国民投票で承認。
2002年
憲法を改正し、国名がバーレーン王国となる。(首長制から王政へ)2院政議会を設立し女性参政権も承認された。
2011年
いわゆる「アラブの春」で非常事態宣言をするが、国民対話が行われた。
2012年
憲法改正案が承認。
2013年
オンブズマン制度設立。
2016年
イランと断交。
2017年
カタールと断交。
8200人
陸軍 6000人
海軍 700人
空軍 1500人
ガルフ・エア Gulf Air
[IATA:GF ICAO:GFA]
バーレーンの国営航空会社。日本には就航していない。F1バーレーングランプリのメインスポンサー。
曲名:我等のバーレーン
説明:イギリスから独立した1971年に正式に国歌として制定。